☆お客さま☆

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2011年3月31日 (木)

副作用の副作用②

  お仕事で  マスク姿の  労働に

             汗のほかにも  アレも垂らして

 花粉の時期は、冬から春へと季節が変わることもあり、よく「三寒四温」といって、1日ごとに季節が行ったり来たりしますよね。

 寒いときは、体も慣れてるためかいつもどおりに動けますが、急に春の陽気になると違和感を感じます。

 その繰り返しで風邪を引く人もいるみたいですが、私の場合はちょっと違います・・・。

 それは比較的、春の陽気に近い今日のことでした。
 いつものようにマスク姿でお仕事に励んでいたこねこですが、今日は資料室と仕事場を往復することが多くて、春仕様の服を着ていたとはいえ往復を繰り返して、なおかつマスクをしてるので顔も暑くなって汗が出てきます。

 そんな私を見たお姉さまが、お昼休みにこんなことを言ってました。

「ねこちゃんはいつもよく動いてくれるけど、あれだけ汗水垂らして働いてるんだから、私もがんばらないと・・・」

 そう言ってくださるのは嬉しいんですが、実は心の中で私はこう呟いていました。

 ・・・・・・鼻水も垂らしてるんですけどね・・・と(ノ∀`)・゚・。 アヒャヒャヒャヒャ

 鼻をかむ暇もないときは、多少出そうになってる鼻水も、マスクをしてるから大丈夫だろうとすすってごまかしてるときがあります。

 まぁ、それを言ったらまたいじられるので、マスクの中の鼻水同様に黙っておきますけどね(笑)。

2011年3月30日 (水)

爪痕

  震災で  地面が二つに  揺れた街

               直接見たら  夢と思わず

 今日は久しぶりの外出のお仕事でしたが、珍しく横浜でした。
 
 最近はあまり横浜も行ってなかったので、何か変わったかなと思って歩いていると、スーパーが入ってる大きな建物が見えました。

 そして、よく見ると・・・その建物の周りは工事用の柵が貼られていました。

 ふとそのとき、先日の大震災で関東の被害などもTVでやってましたが、そのときに映った付近で、しかもあのとき、地割れした後の余震で建物側と歩道側の地面がそれぞれ違うほうへスライドしてるのを見て、恐怖を覚えた所でした。

 そっか。
 ここだったかぁ。

 と、改めて柵の下部から見えるコンクリートの亀裂に、横浜も一部では震度6弱くらいあったと言ってましたから、これだけの爪痕を残すのも分かる気がします。

 当然、そのスーパーの歩道側も全て柵で囲まれています。
 一見、ただの工事のようにも思えますが、先日の驚愕の自然現象を見てるだけに、1日も早い改装がなされるといいなぁと思います。

2011年3月29日 (火)

季節によって

  それぞれの  季節に合わせた  選曲で

                 売りに回れば  人気も上がる

 これは日曜日のことです。

 昨年の猛暑による反動の寒さとも言われていて、今年の寒さは長引いてる印象があります。

 4月も近くなって、三寒四温があるとはいえだんだんと暖かい日が増えるはずです。
 それが、なかなか増えていかないとあるものがまだ売れています。

 暖房器具やカイロなど・・・ではありません。
 
 それは・・・焼き芋です♪

 そして、ウチの近くに回ってくる焼き芋屋さんといえば、普段はアナウンスのほかに「クラシック」を流しながら回っていたり、クリスマスのときには「きよしこの夜」を流したりと、なかなかユニークです☆

 で、日曜日にも回ってきたんですが、またアナウンス以外の音楽が流れていて、よぉ~く聞いてみると・・・「仰げば尊し」でした!

 またまた「・・・やるな」と思いました( ̄ー ̄)ニヤリ

2011年3月28日 (月)

ごわごわ

  鼻をかむ  紙がいつもと  違うなら

              ごわごわしてて  常にモヤモヤ

 皆さんの地域では、普通にティッシュが買えますか?
 トイレットペーパーで鼻をかみ続けたことがありますか?

 先日の大震災関連になりますが、被災地のことを考えたら許されざる「買占め行為」によって、スーパーやコンビニから商品が消えた、というニュースは聞いたことがあると思います。

 最近ではようやく落ち着きを見せていますが、こちらでは未だ普通に買えないものがあります。

 それが・・・ティッシュです。

 それでも以前に比べたら、少し探し回れば買えるんですが、近くで普通に買えないのはもちろん、花粉症の私にとってはこの時期は必需品です。

 ただ、探し回って買うと言ってもそれは午前中に限ってのことで、平日はお仕事に行ってしまう私にはできないことです。ほとんど母頼みにしてしまって申し訳ないんですけど・・・。

 ということで、見つからないときはトイレットペーパーのロールをそのまま使っています。

 今も机の上に置いたり、こうしてPCの前にいるときはディスプレイの真横に置いてます(笑)。

 でも、もしトイレットペーパーで鼻をかんだことがある人は分かると思いますが、ティッシュに比べて「硬い」ですよね。

 その紙でデリケートな鼻をかむんですから、最近はずっと鼻がうっすらと赤いです。
 それはまるで・・・・・・飲んべぇさんみたいに(笑)。

2011年3月27日 (日)

エール

  日本馬の  ワンツーフィニッシュ  大快挙

                 砂漠の国から  元気づけられ

 競馬に興味のない人は全く知らないニュースかもしれませんが、日本時間で昨夜の未明、日本競馬界にとっては大快挙が成し遂げられました!

 しかし、普段の状態であれば記事にするほどじゃないんですが、今回は日本馬に騎乗したジョッキーも喪章をつけていて、しかも1着2着が日本馬という大快挙でした。

 ちなみに世界には、賞金は別にして優勝すれば名誉とされるレースがいくつかあります。

 競馬発祥の地、イギリスの「ザ・ダービー」や、フランスで10月に行なわれる「凱旋門賞」もあり、アメリカでは1日に複数の大レースを行なう「ブリーダーズカップ(通称BC)」などがあります。

 そして、今回日本馬が1着2着とワンツーフィニッシュを決めたのが、中東のUAE(アラブ首長国連邦)のドバイで行なわれた「ドバイ・ワールドカップ」というレースです。

 このレースは、始まってまだ16年ほどと、ほかの世界の大レースに比べたら浅い歴史ですが、とにかく賞金が高いことで知られています。今年の優勝賞金は日本円にして約8億円(←訂正:総賞金が8億で、1着は約5億円)でした!(日本の最高賞金でも2億5千万)

 このレースには日本馬は3頭出走していました。

 牝馬ながら、昨年は男馬相手でも好勝負を演じてきた「ブエナビスタ」
 昨年の暮れ、有馬記念でそのブエナビスタに勝った「ヴィクトワールピサ」
 前記2頭が芝を主戦にしてるのに比べて、ダートという砂に近い馬場を主戦にしていて、2月の「フェブラリーステークス」というレースでも私が記事で予想して、見事優勝した「トランセンド」

 優勝したのは「ヴィクトワールピサ」でしたが、2着にも「トランセンド」が来て、優勝ジョッキーになったミルコ・デムーロ騎手は日本にもよく騎乗しに来ていたこともあり、とても日本のことが好きな騎手です。

 そんな彼が、優勝後のインタビューで日本の現状のことを思い、勝ったことの涙もあったと思いますが、違う意味もこめられていたと思います(微笑)。

 競馬という1つの世界でのことではありますが、日本代表という形で遠い中東の地まで遠征して大快挙を成し遂げたということで、明るいニュース、元気づけられるニュースの1つとしてエールになってくれたら、と思っています。

2011年3月26日 (土)

ひよこドリンク

  途中から  ピヨピヨ鳴いて  注がれる

                ドリンク飲んで  母娘で笑う

 ずっと地震関連の記事が続いていましたが、今日はちょっと違います。
 いつものこねこ家の風景そのままに書きたいと思います♪

 今日は母娘ともお休みでしたが、母は洗濯に、こねこは病院へ・・・って、某昔話みたいですね(笑)。

 あ、ちなみに病院というのは昨日の記事でも書いたように、咳が心配だったので行ってきました。

 結果は咳だけの風邪ということで、そういうのもあるらしいです。
 ただ、私の場合もそうですが、咳から高熱へ発展する可能性もなくはないので、ちょっと強力な咳止め薬をもらったので、今はほとんど出てません☆

 で、病院から帰ったあと少ししてからお昼ご飯を食べましたが、そのとき飲んだもので思わず笑ってしまったことがありました。

 そんなにお腹が空いてなかったので、ハムとチーズを乗せたパンを焼き、あとからレタスを足したサンドイッチと、おととい母が買ってきた豆乳の組み合わせで食べました。

 サンドイッチを食べ終わって豆乳を飲み干してしまったので、さらにコップ半分くらい飲もうと注ごうとしたときでした。

 この豆乳の容器は牛乳パックのような長細いものではなく、長方形の立体型になってるもので、注ぎ口もテープを剥がすタイプです。

 で、おかわりでコップに注ぐべく、半分くらいしか飲もうとしてなかったこともあって少しずつ出そうと思って傾けたのが微妙な間を作り出したのか、注ぎ口から「ピヨピヨピヨ・・・」という可愛らしい音を立てて、豆乳が注がれました♪

 おそらく口笛と同じ原理で、このタイプの注ぎ口が少し長細くなってるところから中身が出されるので、まるで「ひよこ」が鳴いてるように聞こえました(笑)。

 母もそばにいたので「今の何?」と言って、私と一緒に笑ってしまいました(◎´∀`)ノ

2011年3月25日 (金)

せきやコンコン

  寒暖の  差によるものか  コンコンと

                 母も聞くほど  咳が続いて

 せ~きやコンコン、こねこがコンコン♪
 飲んでも飲んでも、コンコンむせる♪

 と、童謡の「雪やこんこ」にちなんで替え歌を歌ってみました(笑)。

 でも、風邪の諸症状は出ていないんですが、咳だけが出ます。
 熱もないですし、頭痛も吐き気もだるさもありません。

 夜になると出やすいんですが、おそらく仕事をしている日中は花粉症から来る症状や、鼻炎薬の副作用などに気を張ってるせいであまり出ないんだと思います。

 しかし、ウチへ帰ってきて気が緩むと出てきます。

 夜中も、寝てる部屋が違うのにコンコンという音を母が聞いているようで、咳止めの薬を飲み始めたばかりなのでこれから効いてくるんでしょうけど、ちょっと心配です・・・。

 先日の大地震で、余震や防災のことに集中していて、まだまだ三寒四温が続いていることに気が回らず、体が先に反応してるのかもしれません。

 いずれにしても、薬を飲み続けても2~3日症状が続くようだったら病院へ行くつもりです。

 ・・・ケホンケホン(笑)。

G I 予想&結果(高松宮記念)

 このコーナーはJRAのGIレースを私的で非営利な予想をしています♪
 あくまでも私的なので、参考にどうぞ☆

 【ルール】(結果はレース後に更新します)
<馬連方式>を採用します。
 ◎(本命)が1、2着のどちらかに必着で、〇・▲・△・×(対抗以下)のどれかが1、2着に来たとき『当たり』とします(通算成績1勝1敗)。

< 高松宮記念 > (阪神・芝1200m) → 『ハズレ!!』
 はるか遠いドバイの地では大快挙がありましたが、私の予想は続くことはできませんでした(笑)。

◎ 3枠 5番 ジョーカプチーノ   10着
○ 7枠13番 ダッシャーゴーゴー  4着入線→11着・降着
▲ 7枠14番 エーシンフォワード   9着
△ 2枠 4番 キンシャサノキセキ  1着
× 4枠 8番 サンカルロ       2着

2011年3月24日 (木)

希望の光②

  避難所で  卒業式を  見守られ

            みんなが来賓  希望の巣立ち

 前回の、震災時に生まれた新たな命に続き、もう1つの「希望の光」を目にすることがありました。

 それは、3月のこの時期に集中する「卒業式」です。

 地域によって日にちはバラバラですが、だいたいこの時期に卒業式はあるわけで、今回の被災地も例外ではありませんでした。

 卒業式の当日が震災だったり、翌日に控えてたりして、津波の被害に遭った学校や避難所になった学校の教室の黒板には「卒業式」と書かれていました。

 しかし震災から数日経って、少し落ち着きを取り戻すと、無事だった生徒や先生方が避難所にて卒業式をしたのを見て、またもTVの前で涙が出ました。

 おそらく例年通り体育館(今回の避難所)での卒業式だったと思いますが、今年は在校生や親御さん、来賓の代わりに、式が行なわれる体育館で避難生活をしている皆さんが来賓となり、涙や拍手の中で行なわれました。

 先生方も、津波で一部濡れたり損傷してしまった卒業証書を一生懸命直したりしていて、新たに書き直すのではなくそのままを渡すのも、ある意味一生の思い出になると思います。証書という形以上に心に刻み込まれることでしょう。

 そして、式の中では生徒たちがお礼と励ましということで、避難されてる方々に合唱のプレゼントという形でお返しをしていて、涙で見ながらもとても心暖まる出来事でした。

 避難所にいる方で、皆さんが強い気持ちを持って前に進もうとしているわけじゃないと思います。中にはPTSDのようになって、ただでさえ違う環境に置かれて気持ちが塞ぎ込んでる方もいらっしゃるでしょう。

 それでも、今回の卒業式はそんな方々にも希望の光が差し込んだと思いたいですし、きっとそれが一筋の光となって心の中を照らしてくれることとなるでしょう。

 今まで、ドラマを含めていろんな卒業式を見ましたが、こんなにも感動した卒業式は初めてです。

2011年3月23日 (水)

希望の光

  震災後  生まれた命  復興と

              共に歩んで  光与える

 今回の大震災。
 失われた命は、未だに分かっていない人たちも含めてかなりの人数になりました。

 そのほとんどが津波という、地震による直接的な被害とは別の災害によるものでした。
 皆さんもニュースなどでご覧になったと思いますが、過去最大級とも言われる大津波の前には人間の力など皆無に等しく、車はもちろん港の大きな船さえも簡単に押し流してしまうほどでした・・・。

 しかしその中でも、数日経ってから奇跡的に救助される方もいて、まだまだ希望を失ってはいけないと思います。

 そんな中、地震に関係なく進んできたこともあります。
 それは・・・新たな命の誕生です。

 天災は様々な事情など関係なく起こってしまうもので、それは妊婦さんたちにとっては切実なものだったに違いありません。

 まさかこんなときに・・・。
 なんでこんなときに・・・。

 と思った方も多かったと思います。

 それでも、母は強しとも言いますし、新たに生まれようとする命の強さもあって、震災当日に生まれた赤ちゃんと共に避難所で生活する姿を見ました。

 TVの画面を通じてではありますが、何かそこからは希望の光というオーラが見えてくるようで、今回生まれた新たな命が街の復興と共に成長していくことを願いますし、その命がいつか大人になってこの街に生まれて良かったと思ってくれることも、私の願いです☆

2011年3月22日 (火)

リベンジへ向かって!

  開花前  早くも散るが  リベンジへ

               気持ち切り替え  再び挑む

 地震などで、かなり報告が遅れてしまいましたが・・・見事、散りましたっ!
 ・・・って、なんのこと?と思いますよね?

 といっても、すでに何度か記事にしてるのでお分かりかと思いますが、約1ヶ月前に受けた簿記検定試験(2級)は、6月開催へのリベンジが決定しました。

 もともと手応えも怪しかったのでショックはそれほどないですが、今はもうショックがどうとか言ってられません!

 前回同様、期間は短いので試験日翌日から再勉強をスタートしていて、合否が分かったその日に大震災もありましたが、これでまた本腰を入れることができます。

 桜とともに、こねこの合格桜も咲かせたかったところですが、今度は緑が育つ季節に試験があるので、私も若葉、青葉のようにすくすくと実力の芽を育て、伸ばしていきたいと思います♪

 試験前の、短い期間や学習量の倍増など、言い訳や負け惜しみ(笑)とも取れる条件がありましたし、さらには皆さんの応援に応えられなかった気持ちも、全てはリベンジへ向けてのエネルギーに変えて、再びがんばろうと思っています!

 一度落ちても、次に合格すれば、それまでの分も合わせて喜びになりますからヽ(´▽`)/

2011年3月21日 (月)

護られて

  震災後  不安の1つが  湧き起こり

                 家族3人  お墓参りに

 先日の震災当時のことは昨日で一区切りということで、関連したことを書いていこうと思っています。

 さて・・・だんだん日が経つごとにいろいろなことに気づき始めますよね。
 落ち着きが戻ってきて、知人の安否はもちろん世の中の動きまで・・・。

 その中の1つに、一昨年亡くなった祖父母のお墓のことが気になりました。
 もともと、この3連休のどこかで行く予定にしてたんですが、今回の地震で頭から離れていました。

 しかし、この連休は計画停電も行なわれないと知って、それなら電車も動いてくれるだろうということで急遽、昨日行ってきました。

 もちろん普通にお墓参りとして行くんですが、気になったというのは地震によって被害が出てるんじゃないかということでした。

 今回は、別居してる父も一緒に行くことになり、久しぶりに家族3人でお出かけしました。
 楽しい気分で行くわけじゃないんですが、両親が一緒ということで安心感がありました(微笑)。

 現地に着いて祖父母のお墓を見ても、どこも損傷は見られず、何か変わったという点も見られなかったので、新しく作ったお墓とはいえ祖父母のさらに前のご先祖様が護ってくださったのかな・・・と思いました。

 無事だったことを確認し、お墓参りを終えてから3人で「ほうとう」を食べましたが、地震当日の停電の中で食べた、ご飯と味噌汁だけの夕食と同じくらい、心の中まで暖まりました。

 といっても、昨日は暖かかったので、ちょっと汗ばむくらいでしたけどね(笑)。

2011年3月20日 (日)

不屈の精神③

  被災者の  強い姿に  勇気出て

              不安や心配  力に変える

 またまた続きです。

 震災後、約4時間をかけて帰宅できたこねこですが、その夜は10時近くまで停電で、遅い夕食をとることになった私は、ご飯と味噌汁だけでしたがそばに母がいて懐中電灯で照らしてくれていました(微笑)。

 今まで、こんな状態で食事をしたことはありませんし、このあとどうなるかも分からないのでとりあえずお腹に入れることにしましたが、ハッキリ言って味はよく分かりませんでした・・・。

 でも、ずっと母が照らしてくれる中での食事はありがたかったですし、後片付けのときもそばにいてくれて、いつも感謝はしてるものの、母自身も不安の中でここまでしてくれることに改めて感謝の気持ちでいっぱいでした。

 ちなみにその夜、冒頭でも書いたように10時ごろに電気は復旧して、やっと安心できましたが、寝るときになってまた離れるのが怖くなった私は、この歳で恥ずかしいんですが、母にお願いして一緒に寝てもらうことにしましたヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ

 母も、イヤな顔せず受け入れてくれて、私のベッドで一緒に寝ることにしました・・・・・・が、あれだけの大きな地震なので当然余震もあり、夜中に揺れるたびにガバっと起き上がり、母が用意しておいた懐中電灯を握りしめたり・・・。

 そんなことの繰り返しで翌朝を迎えました。
 当然・・・寝不足です(-.-)zZ

 しかし、ちゃんと電気が戻った翌日、改めてTVを見て・・・愕然としました。
 もちろん前日にもショッキングな映像は見てましたが、1日経って少し落ち着いてから見る現地の様子に、前日とは違う涙が止まりませんでした。

 津波で街ごと流され、それまで普通に暮らしていた家族や友人ともバラバラになり、泣き叫ぶ人たち。

 特に、ある局で見た、まだ中学生くらいの女の子が「お母さぁ~ん!!」と泣き叫んでるのを見て、私も涙が止まらなかったのはもちろんですが、何か深い溝に入り込んだかのような心境になりました。

 ほかにも、見た目は強そうな男性も、取材に対して表情を崩し、流れる涙も拭う力すら残っていないほどの落胆ぶりも、涙が出ました・・・。

 そのときの状態が状態だったのもありますが、落ち込んでしまったことも記事の更新もできなくなった一因です。というより、昨日も書きましたが「智斗」さんの安否がそのときは分かっていなかったので、もし数日経っても分からなかったり、最悪のことになったらブログもやめようと思っていました。そのくらい心配で、ブログどころじゃなかったので。

 その後、週末だったこともあって、実家のほうも大きな被害がなかったことや私たちのことを心配で、日曜日にTくんがウチに来てくれました。

 そのとき、マンションの駐車場までTくんを送るときに、敷地内の数ヵ所(マンションの一部にも)に亀裂が入ってるのを見て、改めて地震の大きさを感じました。

 それから3日後。
 突然・・・といってはなんですが、ずっと心配で心配で仕方なかった「智斗」さんから無事であることのコメントが入り、停電よりも暗く落ち込んでいた私の心に、電気よりも明るい光が差し込んできました☆

 その間にも、被災者が集まった避難所の様子などを見て、つらい中にも立ち上がって復興への歩みを始めた姿に、私の落ち込みも少しずつ楽になっていきました。本来は私たちが励まさなければいけないのに、私が励まされてしまいました。

 まだまだ、復興とは言っても普段の生活に戻ったわけではないので、私たちにできることをして、また東日本に力と笑顔が戻る日を祈りたいと思います。

2011年3月19日 (土)

不屈の精神②

  震災後  長き道のり  出発も

             溢れる人々  帰宅難民

 前回の続きです。

 3月11日の午後4時ごろに仕事場をあとにしたこねこは、余震の心配もありつつ、とにかく母のもとへと急ぐべく、激しい揺れで街の電気も全て止まったことにより、電車まで動かなくなるという非常事態。

 焦りつつも、電車も動かなければ道路も大渋滞でバスもダメだろうと思い、自宅まで約13~4kmの道のりを歩くことに決めました。

 普段の週末に自転車旅で通ってる道もありますし、表参道から国道246号線(都内の有名な国道の1つ)を真っ直ぐ行けば帰ることができるので、自宅までの道に関しては不安もなく歩き始めました。

 しかし・・・私と同じように電車が動かないことで歩いて帰る人や、遠すぎて電車じゃないと帰れない人々は駅に溢れるという、非常事態じゃなければ見られない光景も目にしました。

 とりあえず私は歩いて帰ることができるので、自転車旅で通った道の記憶を頼りに自宅へ向かい始めました。

 ただ、午後4時ごろに出発したので、通る道々はだんだんと暗くなり始め、街の灯りも全て緊急停電になったので、街灯や信号すら点いていない中を、かすかに見える道の形態などで確認しながら歩き続けました。

 13~4kmといえば、自転車旅では1時間弱で着く距離で、徒歩だと時速4kmくらいで歩いたとして約3倍の3時間近くはかかるだろうという計算でしたが、実際ウチについたのは8時近くになっていました。

 ウチに近づいてくると早く母に会いたいと心は焦るものの、都心から離れれば住宅地も増えてくることから、だんだんと人も増えていました。実際、ウチから少し離れたところにある多摩川を渡る橋は、渋谷などで見た溢れかえる人をさらに増やしたような人数で、こんなにいたら橋が落ちるんじゃないかというほどでした。

 なんとか渡り終えると、そこからはそれぞれの住宅地へと散っていきますが、それでも集団で歩いていることには変わりなく、私はお散歩で長い距離を歩いてるので慣れてることもあり、ちょっとへばり気味のお父さん世代の方々を追い抜いていきました(笑)。

 そして、約4時間の長い道のりも、自宅のマンションがうっすらと見えてくると、自然と涙が出てきました・・・。

 暗いので走ることもできなかったんですが、マンション内の階段も一段飛ばしで駆け上がり、鍵を開けて玄関を開けると、奥のほうから懐中電灯を持った母が駆け寄ってきて、私もウチに着いた安心感と母の無事をこの目で見たことで、それまでの涙がさらに増し、玄関先で母と2人でしばらく抱き合っていました。もちろん私は号泣です。

 懐中電灯に照らされた母の顔も涙に濡れていましたが、それでも気丈に「お父さんには連絡しておいたから」と言って、私のもう1つの心配をすぐに消してくれました。

 あの日、ほとんどのところに電話がつながらなかったものの、別居してる父とは何度目の電話で連絡が取れたそうです。

 ちなみに、ウチの中も食器棚からお皿などが多数飛び出して割れたり、冷蔵庫なども30cm以上ずれたそうです。私の部屋も、懐中電灯でよく見ると細かいものが1つに集められていて、普段置いてある場所にほとんど何もない状態でした。母もそこまでは片付けられなかったようなので。

 しかし、私にはもう1つ、家族と同じ心配が残されていました。
 ・・・・・・そう、Tくんです。

 忘れていたわけじゃないんですが、Tくんは男ですし、よほどのケガでもしてなければなんとかなるだろうと思っていました。もちろん不安なのは両親の無事を祈るのと同じでしたけどね。

 でも、ウチに着いて30分も経たないところでメールが入り、彼も自宅まで歩いて帰ったそうで、向こうのご両親も無事を確認できたと送ってきました。

 ようやくホントの意味でホッとしましたが、ケータイのワンセグからは地震直後よりもさらに被害の様子が映し出されていて、少し落ち着いてきた私はブログの妹として、ブログを始めたころからのおつき合いがある「智斗」さんの安否が気になり始めました。

 彼女は仙台に住んでいて、しかも一人暮らしなので、もし被害に遭っていたら誰か頼る人がいるんだろうか・・・など、不安が募りました。

 さらには、空港が波に飲まれるのは見たものの、まさかそれ以上の津波が襲ってるとは思わなかったので、街まで飲み込んだ被害を見て、その日からずっと不安感は取れませんでした(のちにコメントやメールにて安否を確認)。

 あ、気づけばこんなに書いてた。
 では、また続くということで(笑)・・・。

2011年3月18日 (金)

不屈の精神

  絶望の  大地揺るがす  災害も

               不屈の精神  希望へ向かう

 あれから1週間。
 皆さん、お久しぶりです。

 その節は、大変なご心配をおかけしました。
 ようやく、少しずつではありますが落ち着いてきました。

 さて・・・すでにご存知のように、東北関東大震災から1週間が過ぎました。
 まだ、全てが終わったわけではありませんが、今回の大震災で被害に遭われた方にお見舞い申し上げます。そして、残念ながら亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします(合掌)。

 被災者でも、震災よりも津波の被害が多かったことで、家族や街そのものが流されてしまったのを見て、毎日TVの前で泣いていました・・・。

 ただ、その一方で避難所や捜索中に家族や友人と会えたのも、TVから伝えられるのを見て涙が出ます・・・。

 あの日は東北のみならず、太平洋側の東日本全体で大きな地震になりました。
 その中には首都圏も入っていて、お仕事中だった私は表参道にいたので震度5強という、ものすごい地震に遭いました。

 当日の夜に、心配されるといけないので「生存報告」という形で更新はしましたが、その日からのことを少しずつ書いていこうかと思っています。

 2011年3月11日(金曜日)。
 その日も普段どおりのお仕事をしていて、私はPCへの入力作業中でした。

 揺れを感じたのは午後3時前だったと思いますが、初めは「あれ?揺れてる?地震?」と思っていたものの、1~2秒後には本能的に危険を感じるほどの揺れが始まり、仕事場はパニックになりました。

 悲鳴を上げるお姉さまたち。
 とりあえずデスクの下に隠れるように指示する社長さん。

 私も立ってることなど不可能で、指示される前からデスクの下に隠れながらカバンで頭を押さえていました。その間にも、PCなどがデスクから落ちたり倒れたり、いろいろなものが散乱しました。

 尋常じゃないことは分かっていても、揺れの長さもかなり長かったですし、このまま建物が倒れたり崩れて、私の人生もここまでか・・・というのも頭の中を駆け巡るくらい、初めて体験する大地震でした。

 長かった揺れも一度目の区切りで、慌てながらも社長さんが「皆さん大丈夫ですか!?ケガはしてませんか!?」と声をかけてくださり、私を含めて皆さんも「大丈夫です!!」と声を出すものの、全身から恐怖感は取れず、数分前までとは全く違う仕事場の様子に唖然とするしかありませんでした・・・。

 さらに、激しい揺れが始まると同時に電気が消えて、午後3時でまだ少し明るいとはいえ、それもパニックになった1つの要因かもしれません。

 当然、仕事場の会議室にあるTVも見ることができないので、ケータイのワンセグですぐに見ることにしました。

 見るまでは全く予想もしてませんでしたが、臨時ニュースという形で「東北地方で震度7」というのが目に飛び込んできて、嘘でしょ!?と思っていると、そのうち仙台空港の様子が映り、さらに信じられないものを見ることになりました。

 空港が海に近いのは当然のことですが、そんな空港に大きな濁流(津波)が入り込んでくるのを見て、これはとてつもなく大変なことが起きたんだ!と、改めて実感しました。

 と同時に、関東でも震度5弱から震度6強までの揺れがあったことを知り、横浜でビルの壁が崩れたり、割れた地面がそれぞれ違う方向へ揺れてるのを見て、だんだん冷静になってきた私は、この日はパートがお休みだった母のことがすごく気になりました。

 しかし、ケータイは話し中なのかつながらなかったので、自宅にかけると今度は通じず。
 私は半分泣きながら社長さんに言うと、とりあえず連絡が取れない人で帰宅できる人はすぐにでもと指示が出て、お姉さまたちの中にもお子さんと連絡が取れなかったりするかたもいたので、一緒に駅に向かいました。

 ただ、今度は電車まで止まってるということで、途方にくれているとようやく母から電話がありました。

 私はもう、泣きながら無事であることを告げ、母もケガはなかったものの地震直後に同じ階のお年寄りで足が悪いかたがいて、1階まで避難するために連れて行ってたそうです。それほど、ウチのほうでも危機を感じるほどの揺れだったようで。

 しかし、電車が動かないどころか、街全体で移動する人たちが駅に集まってしまったこともあり、人で溢れかえっていました。

 電車が通らないこともワンセグで見ながら分かってきたので、幸いウチは歩いて帰れないこともない距離(それでも13~14kmはあります)で、いくら母が無事であることが分かっても少しでも早く会いたいと思い、一緒に駅まで来たお姉さまたちに別れを告げ、徒歩で帰宅することを決めました。

 全て書くと長くなるので、今回は地震があったその日編ということで、次回に続きます・・・。

2011年3月11日 (金)

生存報告

 ご心配おかけして申し訳ありません。
 私は無事です!

 父にも、Tくんにも連絡はつきました。

 母も無事でしたが、ウチの中が少し乱れてたり、今ちょっと前まで停電もあったため、これから片付けに入りますので、この更新で報告とさせていただきます。

 とりあえず、急ぎの報告まで・・・・・・。

2011年3月10日 (木)

副作用の副作用

  副作用  眠くなるのと  もう一つ

              喉の渇きで  さらなる作用

 相変わらず花粉は飛びまくり、少量でも大量でも症状が出ることに変わりない私にとっては、毎日の鼻炎薬とマスクは必須になっています。

 そして、その鼻炎薬には副作用の1つとして眠くなるものがあります。
 漢方だと眠くなりにくいんですが、こちらは効くまでに時間がかかるので、私は普段のお仕事には市販の鼻炎薬を使っています。

 で、眠くなるのは記事でも何度か書いてますが、副作用にはもう1つ私の場合、喉が乾く症状が出ます。

 個人差があるのでもしかしたら私だけなのかもしれませんが、鼻炎薬を飲んで効き目が出るころに決まって喉が渇くので、おそらく副作用の1つだと思ってます。

 そうなると、喉がカラカラになってる状態と同じなので声も出にくくなりますし、お仕事でも差支え(電話応対など)があるといけないので、トイレに行ったり顔を洗ったり(眠気防止)したときに、給湯室に寄って意識的に水を飲むことにしています。それでも喉の渇きは感じるんですけどね。

 ただ、そうなると人間の体の構造上、飲んだら出るのが当たり前ですよね?
 なので、眠気防止で顔を洗ったついでに水分を摂るものの、またトイレに行きたくなり・・・という、副作用による副作用が起こります(笑)。

 お姉さまたちはすでにこの「二次的副作用」は知ってますが、それでも「花粉症って大変ねぇ。いろんなことをしなくちゃいけないんだもん」と、慰めなのかいじりなのか・・・言ってきます( ´艸`)プププ

2011年3月 9日 (水)

欠け・・・ないっ!

  今日もまた  眠気とバトル  するのかと

                  思えば揺れて  走る緊張

 今日も暖かいというわけではないものの、わりと寒さは感じられず、昨日と同じく鼻炎薬から来る眠気との戦いになるのかなぁ・・・なんて思ったお昼前でした。

 まだ、お昼ご飯を食べてないのでそれほど眠くはないはずなのに、なんとなく体が揺れてるなぁと思いました・・・が、すぐに横にいたお姉さまが「地震だ!」と言ったので、私もハッとしました。

 あ、言っときますけど、眠くて舟を漕いでたわけじゃないですからね?(笑)

 こちらでは震度2くらいだったそうですが、震源の近くでは震度5くらいあったそうで、先日のニュージーランドの大地震も頭をよぎり、午後のお仕事は多少の緊張感を持って臨みました。

 あ、これも言っときますけど、いつもより増しての緊張感という意味ですからね?

 ただ・・・帰りの電車の中で、立ってつり革を持ちながら1回だけカクッとなりました(笑)。

2011年3月 8日 (火)

欠ける

  花粉量  ピークを迎えた  この頃は

                 鼻炎薬とも  戦いになる

 今日の天気予報で「花粉の量がピークを迎えつつあります」なんて言ってましたが、少量でも大量でも、飛べば反応することに変わりないです(笑)。

 そんな今日も、朝から鼻炎薬を飲んでマスクもして、完全防備でお仕事に臨んでいましたが、少しでも気温が戻ると寒さから解放されたように体が反応してしまうのと、鼻炎薬の副作用で急に眠気が襲ってきます。

 お散歩や自転車旅のように、ウチを出るまで時間があるときは漢方の鼻炎薬を使います(眠くなりにくいので)。

 ただ、漢方は眠くなりにくいメリットと同時に、効くまで少し時間がかかるデメリットもあります。

 ということもあって、お仕事がある普段の日は市販の薬を使っています。
 これは逆に効き目は早いけど、あるとき急に眠くなる副作用を持っています。

 毎年のことですが、暖かい日もあるこの時期、決して「春眠」ということではないのに抗えない眠気が襲ってくると「春だもんねぇ~☆」と、お姉さまたちにいじられたりします(笑)。

 で、今日も襲ってきました。
 昨日が昨日だっただけに、今日は鼻炎薬の眠気もあってかなり集中力に欠けました。

 もちろん、ミスはないように慎重にしてましたが、いつもよりは処理が遅かったかもしれません。

 誰も「遅かった」とか「寝てた?」なんて言ってきませんでしたが、2回ほど意識が飛んだのを自覚してるので、明日からさらに気をつけねば・・・。

2011年3月 7日 (月)

春のち冬

  朝からの  雨もいつしか  雪になり

               春のち冬の  予報も当たる

 昨夜の天気予報で、今日は雨が降るというのは知っていました。
 さらに、もしかしたら雪も混じるだろうとも言われていました。

 そして、今朝の予報を確認するとやはり雪の可能性もあると引き続き言ってたので、仕事場に着いてからの降雪も驚きませんでした。

 冬から春に変わるこの時期、2つの季節が交互に・・・ということも当たり前ですが、今日に限っては昨日が暖かかっただけに、まさに「春のち冬」という感じですね。

 気温も、昨日は14℃くらいあったようですが、今日は午後のほうが寒くて2℃でした(((゚Д゚)))ブルブルブル

 昨年も、4月に最も遅い降雪のタイ記録があった東京でも、気温の乱高下で体調を崩す人もいましたし、皆さんも天気予報をこまめに確認して、体調に気をつけてくださいね☆

2011年3月 6日 (日)

低酸素運動

  母連れて  お散歩行くも  息切れと

               マスクのこねこ  ともに疲れて

 昨日は母がパートだったので、お散歩は私1人でした。
 その帰宅直後に起きたのが、昨日の記事のバッタリでした(笑)。

 でも、今日は母もお休みで、私と一緒にお散歩へ行くことにしました。
 というか、試験前は勉強漬けで母とどこかへ行くこともなかったので、合否が分かる前の週末ということもあって、私が連れ出しました☆

 母のペースに合わせて、ゆっくり歩きながらいろいろ話をしていましたが「どこまで歩くの?」と母が言い出したので、疲れが出始めたのかと思い、私にしてはまだ距離が足りませんでしたが近道を通って帰宅することにしました。

 計45分くらいのお散歩でしたが、帰宅間際の母は階段を上がりながらハァハァ言ってました(笑)。

 ただ、私も花粉症があってマスクをしているので、母と同じような息遣いに(*´д`*)ハァハァ

「なんだ、○○(私の名前)も疲れてるんじゃないの」
「違うよ。これはマスクをしてたからだよ。いつもだったら、あの倍くらいは歩いてるもん」

 そうなんです。
 花粉の時期、つまりマスクをする時期はさすがの私も、お散歩とはいえ1時間ちょっとが限界ですが、それ以外の季節なら2時間くらいは平気です。

 早歩きなので、2時間ちょっとあれば片道6km前後の往復(計12kmくらい)はできます。もちろん、自転車ならもっと行けますけどね(平均して片道15km・計30kmくらいは)。

 なので、この時期は距離的には物足りないんですが、なにしろマスクをしてると酸素が十分に入ってこないので、足よりも心肺が疲れてしまいます(苦笑)。

 でも、しばらく母に負担をかけてきたので、帰宅してからの昼食は私が作り(焼きそば)ましたし、昨日の洗濯もしましたし、また少しでも母が楽になるようにしたいと思ってます(◎´∀`)ノ

2011年3月 5日 (土)

固まる

  玄関を  開けてお互い  固まれば

               流れる時間も  永久に感じる

 資格の勉強中、最後の約1ヶ月間は週末の自転車旅やお散歩も控えていましたが、試験も終わってようやく解禁です♪

 と、そんな今日は久しぶりのお散歩に行き、1時間ほど歩いて帰宅しました。

 もちろん、花粉症の症状も出始めてるのでマスク着用で歩いてきて、帰宅してからすぐに外そうとしましたが、玄関から部屋に向かうときにピンポーンと鳴ったので、マスク姿のままドアを開けました。

 すると、そこに立っているのは小さな女の子(4~5歳)ただ1人。
 見覚えがなく、ポカンとしてると、その女の子も目が点になったように立ち尽くしていました。

 その間、実際には5秒もないくらいだったと思いますが、その女の子と私の間に流れる時間は永遠にも似たものがありました(笑)・・・。

 というのは大げさですが、その時間に終止符を打ったのは外の廊下から聞こえてくる女性の声でした。

 母親と思われる女性が女の子のところまで来ると「すいません、間違えちゃったみたいで・・・」と、挨拶してから去っていきました。

 母子とも見慣れない人だったので、おそらく同じ階のどこかに訪れるお客さん(たぶん親戚か友達?)だったと思いますが、間違えちゃった女の子の声は私が帰宅するときから聞こえてました。

 しかし、玄関開けたら見慣れない人(こねこ)に出会い、それまで元気だった声がすっかりおとなしくなったまま去っていきましたが、ただでさえ部屋を間違えた上に、マスク姿の人に出会ったら・・・そりゃぁ静かになりますよね( ´艸`)プププ

2011年3月 4日 (金)

ウチだった!

  仕事から  帰宅間際の  いい匂い

              お腹鳴らして  ドアを開ければ

 おとといの夕食パスはあったものの、昨日は2日目のおでんをしっかり食べて、食欲もテスト前に比べたら、いつもの8~9割くらいまで戻ってきました☆

 そんな今日も、いつもどおりお仕事を終えて、自宅のあるマンションまでたどり着いたときでした。

 階段で3階まで上がりながら、だんだんといい匂いがしてきました。
 ごま油とニラのような匂いがしてきて、どちらも食欲をそそるものなので、空腹の私には刺激的でした(笑)。

 2階を過ぎてもますます匂いが強くなってくるので、これはウチと同じ階のどこかで夕食の準備をしてるのかな・・・なんて思いながら、玄関を開けました。

 ・・・・・・ウチだぁ~♪

 そうなんです。
 この刺激的な匂いはウチでしたヽ(´▽`)/

 今日は私が夕食を作ると言ったんですが、同じマンション内の母の知人から、ニラのおすそ分けがあったので、もやしと一緒にごま油で炒めてたところでした。

 ついでなのでそのまま母が作ると言って、ほかにもシュウマイ(市販です:笑)を蒸して夕食の出来上がりでした。

 ウチにたどり着くまで、まさか母が作ってるなんて思わなかったので、近いうちにごま油を使った何かを作ろうかなぁ・・・なんて思ってただけに、驚きと喜びでおいしさも2倍になりました(◎´∀`)ノ

2011年3月 3日 (木)

繰り越し

  2日目で  初めて食べた  おでんなら

                 味が染みてて  得した気分

 今夜の夕食はおでんでした。
 しかし、このおでんは昨日作られたものでした。

 というのも、昨日は頭痛から来る吐き気もあって夕食はパスしたため、今夜食べるのが初めてでした。

 あ、ちなみに頭痛も吐き気も、今日は治まってるので大丈夫です☆

 で、先ほど食べ終わりましたが、カレーなどと同じように煮込む料理は2日目のほうが味が染みてておいしいですよね。

 おでんにも同じことが言えるわけで、しかも私は出来立てのをパスしてるだけあって、いきなり2日目のおいしいおでんは贅沢すぎます(笑)。

 それでも母は、前日の私を知ってるだけに「残り物には福がある、かな?」なんて、笑顔で和ませてくれました(*^-^)

 ひなまつりの日を、味がしみこんだ2日目のおでんで迎えるなんて・・・これもまたアリかな?・・・なんて♪

2011年3月 2日 (水)

大ピンチ!?

  ピンチでも  えっちぃ仕事は  しないけど

                   こんな私に  需要なさそう

 今回の『お金が大ピンチ! あなたに向いてるH系バイトは?』は、説明するまでもなくそっち系の内容になってますので、心してテストしてみてください(笑)。

Hkei

プロダクションに入ってAVデビュー

普段はあまり冒険しないけど、ここ一番というときは人並み以上に大胆になるのがあなた。突然すごいことをやって、みんなを驚かせたりしない? あなたが向いてるH系バイトは、プロダクションに入ってAVデビュー。きっと根が目立ちたがりなのでしょうが、そんなタイプには天職と言えるのがこの仕事。思い切ってGOして!

 う~ん・・・テストする前からある程度の結果は予想してましたが、これはまた・・・ね。

 そもそも、こんな私に需要があるわけないですが、丁重にお断りさせていただきます(笑)。

2011年3月 1日 (火)

味わって

  みぞれ降る  その日の夜は  から揚げで

                      体と心  ともに暖め

 昨日は試験明けで、社長さんやお姉さまたちに暖かい労いと励ましをいただきましたが、実はその日の午後、こちらではみぞれが降りました(((゚Д゚)))ブルブル

 仕事場の窓から何気なく外を見て、いよいよ私の目も勉強疲れでおかしくなったか?と思いましたが(笑)そうではなく、ちゃんとみぞれが降っていました。

 もちろん雪に変わることはなく、夜には小雨に変わっていましたが、その夜は母に私の大好きなものを作ってもらいました☆

Karaage

 相変わらずおいしそうに見えないんですが、一応・・・から揚げです(^-^;

 固まっちゃってますが、これでも4つくらい盛りつけてあるんですよ(笑)。
 ちなみに、キャベツの千切りの中に見えるうっすらと白いのは、たまねぎのスライスです☆

 食欲は多少戻ってきたものの、昨日はこの写真の分だけ食べました。

 でも、1つ1つのから揚げをじっくり味わって、母からも「暖かさ」をいただきましたヽ(´▽`)/

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