恒久の 平和に願いを 込めるなら
六十余年の 月日に誓う
先日、Tくんと一緒におばあちゃんに会ってきた記事で、私の実の祖父(父方)であり、おばあちゃんにとって前の夫を戦争で亡くしていることを書きましたが、今回は、二度と戦争をしないと誓った日本国の一人として、身近にいる戦争体験者の話を、両親から聞いたことですが、ここに記したいと思います・・・。
父は戦時中、今の北朝鮮の北部から中国にかけて成り立っていた「満州国」で昭和19年(1944年)に生まれました。
当時、朝鮮や中国へ「開拓」と称して、多くの日本人が大陸へ渡りましたが、おばあちゃんも自分の姉と妹、そして夫である亡きおじいちゃんとともに4人で渡ったそうです。
昭和20年近くともなれば、日本の戦局も終わりに近づいてるときでしたが、そんな中おじいちゃんにも「赤紙」という徴兵を要請する文書が満州で渡されたそうです。行き先は・・・沖縄でした。
私の父を胎内に残したままおじいちゃんは戦地へ赴きましたが、おばあちゃんたち3姉妹はそのまま満州へ残ったそうです。
しかし、日本の戦局も陰りが見えたころ当時のソ連(今のロシア)が侵略してくると聞いて、満州にいた日本人は祖国へ引き上げるために列車などを使い、移動を始めたそうです。
そのころには父もこの世に生を受けていましたが、引き上げるときに何割かの赤ちゃんは地元の中国人に預ける、いわゆる「残留孤児」として置いて行かなければいけない状況の中、おばあちゃんは夫である亡きおじいちゃんとの約束を果たすべく、たとえ自分が死んでも生まれたばかりの父を日本へ連れて帰る決意のもと、移動を続けたそうです。おばあちゃんはそのとき弱冠20歳そこそこで未亡人になりました。
途中、すでにソ連兵が侵攻していた土地を抜けるときも、父の口に手ぬぐいを含ませ、泣き声によって気づかれないようにしたことも聞きました。
また、移動中は食事どころか、水分を取ることもままならないので、自分たちのおしっこをまた違う手ぬぐいに含ませ、それを飲むという過酷さだったそうです・・・。
その後、無事に帰還しましたが、昭和20年の沖縄戦にて夫であるおじいちゃんの戦死を告げる通知が届き、その後まもなく終戦・・・。
終戦を機におばあちゃんは母子2人、東京で暮らすことを決意。
12、3年後に今のおじいちゃんと再婚するまで、知り合いの全くいない東京で女手一つで父を育てました。
再婚する際、今のおじいちゃんも夫を亡くしたおばあちゃんの意を汲み、新しく息子になった父の姓を前姓のままでいいということになりました。父が言うには、満州から帰還するときの決意を忘れていなかったんだろうということで、結婚生活わずか2年ほどの夫婦でしたが、そこには計り知れない愛の深さを感じました。そして、そのことを許した今のおじいちゃんの心の広さも感じました(涙微笑)・・・・・・。
2ヶ月近く前、6月23日の沖縄戦終結の日に『もう二度と・・・。』という記事を書きましたが、そのとき私の両親とほか数名でおばあちゃんを沖縄に連れて行ったとき、おじいちゃんが戦死したとされるある洞窟へ行き、人目もはばからず大号泣したときも悲しいのと同時に孫(私や弟のこと)まで持つことができた父をここまで育てることができたことの安堵感もあったと思います。そして、おばあちゃんの固い決意があってこその父ですし、もし途中で死んでいたら今の私もないので、改めておばあちゃんの偉大さを尊敬しますし、感謝の気持ちでいっぱいです。
日本は昭和20年(1945年)の8月15日を以って終戦の区切りがついていますが、今、世界のあらゆるところで戦争は起きていて、国同士の争いとされてますが、実際に被害に遭うのは戦争など望んでいない国民です。
その国民一人一人にはそれぞれの人生があります。しかし、多くの悲劇を生むことこそあれ、それを上回る利益や喜びなどありません。
戦争の勝者とされるアメリカの戦争体験者の中にも、素直に喜べないかたもいると思います。それだけ戦争というのはどんな理由があってもしてはいけないことですし、する意味がないと思ってます。
日本も戦争の被害者であると同時に、アジア・オセアニア諸国への加害者でもあります。2つのことを経験していて、なおかつ世界で唯一の被爆国でもあるので、もっともっと世界に戦争の悲惨さを訴えていかなくてはならないと思いますし、それが敗戦補償などとは別の補償として語り伝えていくべき使命が日本にはあると思います。
この地球上から戦争や核兵器をなくすのは不可能だと言う人もいますが、そう思ってる以上なくならないと思います。しかし、いつの日か、敵を殺して自分たちが生きていくことに希望を見出してる少年兵が、肩からかけてる銃の代わりにペンを持ち、無限の可能性がある希望という輝きを見つけてほしいと願って止みません・・・・・・。
最後になりましたが、日本の終戦記念日という場を借りて、日本人だけではなく世界各地で亡くなった戦争被害者、殉難者の方々に祈りを捧げたいと思います。二度と戦争を起こしてはならないという願いと誓いをこめて(合掌)・・・。
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